平成九年 八十四歳

末枯の遠山渓に夕陽射す
啄ばむは二羽の鶇番らし
白々と八ツ手花咲く月の庭
掻巻の衿付け替へる一葉忌
からからと偽アカシヤの落葉踏む
日涸びて軒に掛けある唐辛子
なつかしき影引きずりて去年今年
黒塗りの杖送られし寒の入り
午後の陽の弱々しくて雪ぼたる
茎立や子に残すもの何もなき
友と居て午後の茶柱日脚伸ぶ
独り言ふと呟きぬ木瓜咲けり
土筆生う会ふ事もなき古き友
若き日の夢は破れて青き踏む
紅ひきて春を籠りぬ足を病む
崖下に影をうつして山桜
ひそひそと風の私語きく濃山吹
春愁や亡き娘の年を数へては
味噌入れて一人の朝の蜆汁
薄暑かな夜は隕石の話など
転げ落ち死の振りをする天道虫
何も彼も自己流と言ふ辣韮漬
七月や机の上の塩むすび
瀬の音に囃されて鳴く河鹿声
蕗の雨思い出してる遠き人
微の香の古きカバンのパスポート
此の町を小川囲みて梅雨に入る
石の上蜥蜴素早く駆け抜ける
他愛なく姥喜ばすサクランボ
炎天を少年会釈して過ぎぬ
終生を厨に立ちて秋蚊追ふ
簗場なる川瀬の宿の鮎づくし
病院の待合室のきりぎりす
少女行くグラジオラスは白ばかり
少年の白き歯並や青りんご
旅なれば心華やぐ踊の輪
秋蒔きの大そうな名の聖護院
鰯雲小舟の浮かぶ落暉中
一人居に深山りんどう贈らるる
風立ちぬ枯蟷螂の坑はず

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