平成八年 八十三歳 |
麦の芽やわが晩学の灯を守る |
余生わがと書いてペン置く日短 |
人々の足音の冴え初詣 |
初鴨の水尾引く今日の沼の色 |
夫の忌を修し独りの年詰まる |
元朝や未知の月日の美しく |
賀状来る茶山茶畑越え来しか |
床の間の大黒さまに春埃 |
徒に齢を重ね冬木の芽 |
指間より水キラキラと二月かな |
すい星を仰ぐ夜空のかすみけり |
夫恋いの二十余年や花杏 |
上毛の境界線や花馬醉木 |
利休忌や落し文名の茶菓の来る |
膝ついて古草引きを鳥囃す |
手を上挙げてランドセル行く木の芽時 |
ほどほどの幸せもありつゝじ燃ゆ |
鮮しき色の風来る柿若葉 |
無愛想な金物の店苗も売る |
麦の秋一人の戸籍守りて久し |
あっけなき一人の夕餉冷奴 |
饒舌や少しばかりの蕗焦がす |
日燒子の漫画のくにに遊びけり |
蕗の雨身ほとりぼそと独り言 |
サーフィンの若きら初夏の波を蹴る |
昼顔や只今津波発令中 |
水蜜桃下げてのっそり男の子 |
昼顔や車次ぎつぎ走り去る |
晩年は夜のこうろぎさへ愛し |
潮騒や日の沈みゆく終戰日 |
青ぶどう見てゐて五体透く思い |
降る様な虫の音聞きつつねむる |
何となくたゞ生きて来て敬老日 |
秋の蝶我が清貧の遺書しるす |
名月を他郷に仰ぐ露天風呂 |
留守の家にリンドウの鉢置えてあり |
秋の蚊のたった一つが付きまとう |
ふる里は同姓多し吊し柿 |
夜なべの灯貧しき亡母の影法師 |
姉眠る北山霊園冬に入る |