平成七年 八十二歳

秋深し落人村の白亜かな
炉端燒き村長の家冬に入る
何事もなしに暮れ行く文化の日
煮こごりや住居幾度替えて来し
梅二月用こまごまと一人なり
遠来の客白鳥の餌付人
音もなくしきりに枯葉降る如し
一群の白きわまり芒の穂
松すぎて日頃の疲れ深眠る
ランナーの吐く息白く走りけり
雪解の頃を約して戻りけり
落日の火玉となりて西行忌
蕗のとう二三個に話題広がれり
春昼や青年は徒長の枝を切る
那須野辺の山懐の茶摘みかな
桃咲いて少し艶めく杣の郷
二三本古木の下の花莚
生きてゐて金星仰ぐおぼろの夜
沼辺より藤の香のせて風渡る
初蛙キスゲの花の盛りなる
葉桜や訪ふ人もなく木椅子有り
滝の前女は言葉失へり
娘らの来て今日母の日と気付きたる
じゃがたらの花咲く頃の眠さかな
母の日や部屋を行ったり来たりして
單衣着てうきうき人を尋ねけり
香煙に袱紗をたゝむ若葉風
野州路や見ゆる限りは青田なり
風鈴のチロリチロリと鳴る夜かな
梅雨永し大正琴を弾いてみる
一房の重さたしかむ葡萄園
毛の国の銀河を仰ぐ夜の黙
待つ人のなしに晩夏の道急ぐ
風と来て風にのりゆく赤とんぼ
鰯雲白波立つる九十九里
山里の飛駒街道蕎麦は実に
雁の声野辺の踏切渡る時
招かれて亡夫の生徒の報恩会
半世紀過ぎし生徒の木の葉髪
みくりや野田面吹く風冬に入る

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