平成六年 八十一歳

枯葉降る少女に白い耳飾り
城址今白鳥遊ぶ沼なりし
寒木瓜の紅を点じて耐えて居り
負け犬になるなと賀状師より来る
見上げたる梅一輪の鼓動かな
薄氷を踏んで新聞少年走る
そのあたり沼有る所夕がすみ
良く動く小さな命鳥の恋
白蝶を目で追い行くや紛れけり
ひっそりと終の住家や紫?咲く
茶の花や望郷の花まなうらに
ひとり身もうろうろ忙し落葉焚き
凩一号我が庭畑の様変る
冬耕す老は生甲斐かも知れず
寒月や人は宇宙の中の粒
艶やかな寺林泉の青木の実
寒林の空はがら明き紺碧に
冴え返る永き道程遅々と来て
星なくて淡き月夜に残る雪
春昼や急ぐ医院の自動ドア
医院出てこんなに広い春の空
暮れ遅し大きな湖のおそろしき
荒東風に山の木々達声上げる
病む夫に蜆探せし日の遠く
山深き古峰の社藤垂るる
山門をいくつぬけ来ぬ老鶯啼く
葉桜や川底石のあきらかに
薄暑来てまこと小さき美術館
整然と街路樹ならぶ橡若葉
句碑を祝す夏うぐいすも声を張る
祝き事の有りて旅立つ涼しけれ
那須の山香を放ちつゝ深山百合
親しさや物干竿の雨蛙
桜桃のみちのくの山越え来しか
涼しさや氷の中のさくらんぼ
目つむりて湯舟に聞けり遠花火
迎い火を焚いて心の静もれり
夾竹桃塀を乗り越え咲きさかる
炎天や屋号で通る宿場町
又会へりお羽黒とんぼ低く飛ぶ
友を恋ふ窓のすき間のいなびかり
秋蝶の石を抱きて動かざる
猫じゃらし我が無為にして生残る
十月や傘寿をすぎて祝はるる
秋霖や自動化の世に躓きぬ
威鋭飛立つ鳥の又戻る
柿一つ梢に光る良夜かな

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