平成五年 八十歳

風鈴のためらう如く鳴りにけり
半月や一夜の中に茄子太る
天女来て桔梗の花を咲かせけり
城下町いつか湯の町秋あざみ
敬老のバスを見送る敬老日
紫苑咲く日差しやさしき日なりけり
芋の露ハラハラさせて落ちにけり
誕生を独りで祝う秋の暮れ
雨の後狐火灯る雑木山
冬空に大凧二つ静かなり
水尾引く子鴨の群に風花舞ふ
物売りに耳遠きふり空っ風
湯の宿の囲炉裏粗朶火のなつかしく
冬うらら大樹の肌のぬくかりし
生かされてふと老を知る十二月
空しさや梅の古木の伐られたる
切株に春月蒼く射すばかり
越し方のでこぼこ道やおぼろ月
一斉に名も無き木々も芽吹き始む
一歩二歩八十路の見えて寒戻る
世の隅に生きて幸せすみれ草
みちのくに長病む人や雪柳
晩春や方向音痴の母娘旅
ピアノ鳴る老も身軽き更衣
ゴミ袋下げて麦の穂なでて行く
城址なる四阿に見る花菖蒲
山涼し茶店の老婆八十四
短夜の手巻時計のひと休み
言訳はすまじと思ふ青あらし
古井戸に散りしく栗の花錆びて
遠雷や生家の納屋の吊りランプ
忽ちに青田一面誰も居ず
三本に成れるなすびの愛しとも
起き出でて素足の冷えや秋隣
那珂川の秋の鮎食ううら淋し
物忘れ無花果?ぎて戻りけり
身の廻り整理せんとすちゝろ鳴く
紫蘇もんで両手の赤し夜も匂ふ
幼子や眠れねむれよ合歓の花
ふる里の訛りで通す残る虫
日の落ちし夜長のひまをもてあます
ガラス戸を影横切りて冬の鳥
飽くまでも空の青さよ冬隣

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