平成四年 七十九歳

ひとり身はひとりをたのみ神無月
日向追う齢古りしと思いけり
田終いや古郷の川に鮭のぼる
余生尚惑いもありぬ枯尾花
年明けや森の鎮守を恵方とす
旧友の喪中の家に寒見舞い
夢に会ふ娘は若かりし寒椿
初夢の覚めて白々何もなし
朝寒き霜を受けたる万年青の実
河骨の灯る沼辺を見て通る
畑草をはって天道虫だまし
白鳥を送り静もる多々良沼
雨烟る遠山裾に家おぼろ
芽起しの小雨降りつぐ小笹叢
行く程に堤の長し菖蒲の芽
名札有り植物園の土佐水木
春がすみ亡き師に捧ぐ追悼歌
老農の腰手拭いや麦の秋
菜の花や山羊居る郷の湯に浸る
ぶらんこのついに男体山も蹴る
母の日のいつもの様に暮れにけり
揚羽蝶庭横切りて行きにけり
どくだみの花暗がりに白十字
雲重し重しと鳴ける雨蛙
麦を燒く烟漂う梅雨晴間
橋一つ渡れば他県の天道虫
梅雨明けや塩辛とんぼ道に出て
目の前のなぐさみ畑の茄子の花
吾亦紅そっとおくれ毛かき上げる
そのかみの宿場を過ぎて蕎麦の花
巻紙へ毛筆の亡姑我が秋思
仰向いて雁来る頃の空を見る
家裏に無果熟れていたりけり

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