平成三年 七十八歳

小雨降る黙って案山子濡れながら
山眠る中にきびしき寺の有り
高山は皆狐色ななかまど
散りつくし林明るく落葉踏む
黄落や大日院に老集ふ
早春やビニールハウス風に鳴る
亡き父の無口なつかし草の餅
春疾風上州野州吹きぬける
杉花粉マスクして見る空淡し
白梅や大正しみじみ遠くなり
近々と男体山や初しぐれ
少年と恵方の神に詣でけり
ひっそりとハウスの中の花苺
還暦と傘寿の姉妹春隣り
心して育てし蘭花眩しめり
進学の男子に持たすお針箱
春かなし友の柩を見送れり
師を見舞ふ言葉もなくて沈丁花
さゝいねば倒る鉄線濃紫
石仏の片手を頬に春惜しむ
白百合の深山を恋いて咲きにけり
囀や土橋をつなぐ隣町
卒業期生徒の後に教師立つ
享保とあり春の山路の道祖神
棟梁の野州訛りや春障子
老い母に真紅のバラの束届く
鉄線花気持ちはそゞろ子に頼る
生かされて炎暑の夏を越えんとす
夾竹桃街道筋の砂ぼこり
太平記五巻半ばの熱帯夜
細々と夏のネギ苗立上る
山の宿瀬音に混じる河鹿聴く
夏山の空気も水も甘かりし
霧降のお花畑に人集う
木下闇峨々と根を張る杉並木
すいすいと水の堅さよあめんぼう
丸刈の少年野球日燒け濃し
無花果のもぎりし枝の跳反る
日の落ちし庭のいづこにつゞれさせ
病むと聞く医師逝きにけり秋悲し
秋台風一過の後につゞき来る
その昔登城下城の花野道
烏瓜知らんふりして子ら通る
冬の蜂よろめきつゝも地を這いり
老農に畝直線や小鳥来る
腕を組み雨水に浸る稲田見る

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