六十四年 七十六歳

蟷螂の無言に枯れて死あるのみ
立冬や一汁一菜よしとして
茜空夕日追い行く渡り鳥
取り入れし二合ばかりの新小豆
目覚むるやいつものあたり笹子鳴く
片眼を閉じて見上げる月の円
入海や水尾引きたる鴨の群
枯野行くどこまで深き空の色
両の手にわけなく木の実にぎりしめ
隣人の永き病や冬に入る
元旦の夜を吹き抜ける風の音
みちのくの弟如何に初便り
寒雀啄む庭の洗飯
寒木瓜に或る日小さき芽を持てり
男体の残雪光る生家かな
人間の愛を信じて残る鴨
黄水仙赴任せしまゝ住みつきし
小学校巣箱いくつも芽木の枝
赤き月の生まれつゝあり寒もどる
枝ぶりの良き紅梅に立ちつくす
空も田も黄塵曇り雪柳
春愁やコップの中に梅酒有り
病弟の涙一粒窓若葉
杖引きて歩行して見る春がすみ
薄暑かな三陸の海静かなり
原子炉の威容どっかと海つばめ
青蛙厨の窓に動かざる
ふいに聞く春蝉の声夕暮れて
心地良き微風の中の滝の音
神前に奉納舞や青葉光
土のまゝ夏大根を置いて行く
夏草や独りに広き栖家なる
燒きたての鮎の立食旅たのし
盆の客帰りし後の熱帯夜
魂送るふと秋風の一人かな
山晩夏石が毒吐く物語り
山合のせゝらぎに聞く秋の声
藪枯し家守る人は女なり
翁道は杉の細道吊し柿
亡き人の傍線残る書を曝す
秋冷や青年僧の素足なり
茶まんじゅう渋茶すゝりて秋彼岸

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