昭和六十三年 七十五歳

大き街山河抱きて鳥渡る
芒穂の呆けて風に逆いり
水たぎるところに垂るる烏瓜
球根を深くうづめぬみぞれ降る
古里の方言忘る枯尾花
散紅葉芭蕉通りし旧街道
山眠る故郷黒羽夫はなし
妹と冬の日向に古郷言葉
いつも来る雑魚売りを待つ寒夜かな
空っ風毛の国平野一の午
天翔けるさびしき雁の別れかな
初夢の夢のつづきは何ならん
初日の出さいきぎる雲もなかりけり
枯野行く門限無しの気まゝさに
亡き父の夢ありありと春田打つ
そこここに侏儒生まれて蕗のとう
鶯の音一声を聞きしのみ
いつ止むとなき春疾風や彼岸入り
砂利道に雨降りそゝぐ木の芽時
春の雪美しや鳥死せる朝
老樹未だ儒弱ならざる芽吹きかな
崖下に沢蟹取りの男の子
里の子が見詰て居りぬ蟻の列
暁の庭騒々し巣立鳥
蝉しぐれ幽境に生く若き僧
風鈴の思い出しては風に鳴る
古めきし盆燈籠を又かゝげ
かぶと虫値札を負いて売られ行く
降り足りて紺青の空紅芙蓉
旅もはや明日で終りの蟹を食う
蝸牛透きし殻負い孤独なる
梅雨晴れて太陽濡れて昇りけり
校庭に踊の櫓盆休み
水栓の水の匂いや今朝の秋
たゞ一人眠る墓石に秋立ちぬ
入海に夕日流れて浮寝鴨
敬老日バス老人を乗せて発つ
藪枯し引けばほろほろ実紫
羽刈野に残る大樹に小鳥来る
ふと我にかえりし時の秋の声

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