昭和六十二年 七十四歳

病みてより旅もかなわず秋暮るゝ
はこせこの小さき胸よ七五三
今更に手習きびし隙間風
戴きし一個が香る柚子湯かな
冬の雨厨にありて老いゆくか
春寒や群青の空影もなし
贈られし色鮮な寒苺
かりがねや子等気遣いばいのち惜し
遠き灯の幸あるごとし寒星座
古廟にて松籟を聴く餘寒かな
初蝶に紺青の空ありにけり
ぼうふらも命の限り生きんとす
笹鳴きやトンネル多し甲州路
峡深くムサゝビ飛ぶや巨摩郡
冬凪ぎや江戸川河口舟かゝり
秋の夜半半月の上雲流れ
洗鯉沼多き町水温む
しっかりと土の中より名草の芽
みちのくに長距離電話春の雨
はくれんに昼の半月かかり見ゆ
連翹の今を盛りの朝餉かな
少年の素知らぬ顔や花杏
老鶯の声のわびしき巨石群
鈴の音や札所めぐりの遍路行く
猫柳芋串食みつ見る水車
渡良瀬の水の光りて五月果つ
麦秋や一人降り行く無人駅
梅雨に入る独りの城の古机
木下闇せゝらぎをきく巨石群
うたたねや郭公の声はるかにて
涼しさや平均寿命又伸びし
炎天や昔のまゝの吊りポスト
日盛りや一刻天地音を絶つ
いつの間に立ちしポストかキリギリス
一人来てひたすら墓を洗いけり
芋の葉に行きどころなき雨の粒
地梨売るにわか農婦の梨畑
ふる里の山に通草の熟る頃
遠山へ稲穂のつゞく青世界
ひゞ割れの秋茄子剪りて持ち帰る
中学生都会の空に銀河なし
みちのくはどの道行くも萩みだれ
どんぐりを老いの足にて蹴って見る
病む人を愁ひる日々や秋時雨
町営バス峠越え行く草紅葉

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