昭和六十年 七十二歳

はらからの海に散りしは雁の頃
生垣にくれない悲し烏瓜
山紅葉天へつゞきし径のあり
白足袋をキッチリ穿きて舞いをさむ
無人駅出るやまたゝく寒星座
春立つや何やら動く気配せり
ものゝ芽に老いのかゞみてつぶやける
絡みつく蔓草を引き梅を見に
風邪の眼に大根の花淡々し
新緑に織姫神社朱に映えて
両の手に囲む新茶の香りけり
此の家に三とせを生きし金魚の死
岩一つ日がなひまなく滴れり
石投げて梅雨茸倒す子らなりき
雲流れ夏果てんとす水の音
此のあたり夾竹桃の多き町
峠路や八溝の山の薄紅葉
一むらがかたまり住める峡の秋

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